シニアNavi 岡山 vol.07 2012年秋号
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 わたしは20代半ばで出家をし、高野山での数年の修行の後、縁があって観龍寺の第45代目の住職となりました。僧侶になってすでに35年くらい経つわけですが、そんなわたしが一番心に留めているのは、「一より多」という言葉です。深い意味がありますが、簡単にご説明いたしますと、一つのものにこだわらず、さまざまな人にいろいろな話を聞き、他のものに価値を見いだすよう心がけ、多くの人と分け隔て無く生きようということでしょうか。一つだけが正しいと盲信してしまうことなく、他の考えもあるということを理解し、さまざまな思いをくみ取れる人間になりたいものです。 また、「古きを持って新しく使う」ということも心がけています。当寺もそうですが倉敷には貴重な歴史の文化財が数多く眠っています。そうした古きものを大切に守り、守るだけではなく新しい感性で生かして行きたいということです。例えば、この山には棟方志功氏の観音像が鋳された時鐘が伝えられています。今はただ保存しているだけですが、この貴重な文化財をぜひ現在に生かす形で公開していただければと願っています。 いのうえグループの井上代表が大切に伝えておられる「儀礼文化」も、現在に生かされなければならない日本の心です。生活様式が大きく変わった現代ですが、日本人の原点に立ち返り、あいさつ一つから考え直し、次の世代に伝えていきたいものです。細かい作法は時代の中で変遷しますが、根元にある日本人の心は変わりません。東日本大震災の後で、思いやりを持って秩序を守る被災地の人々に海外から「日本人は素晴らしい」という称賛の声が贈られました。これこそが我々日本人の中心にあるべきもの、変わらずに伝えていきたい思いです。「葬儀」も、そういう日本人の心の延長にあるもの。常日頃、思いやりを持ち、相手の悲しみを共有する「慈悲」の心を持って過ごしていれば、ごく自然に故人を送る儀式としての「葬儀」を考えることができるはずです。日ごろの積み重ねの集大成が「葬儀」の場面とも言えます。心のこもった「儀礼文化」を大切に伝えていきたいものです。いのうえPresentsこころ通信プラス真言宗御室派 別格本山「宝寿山観龍寺」創建は平安時代末期の985年、現在の倉敷市西岡に宝積院として開かれました。室町時代末期に妙見山(現在の鶴形山)の麓に移転され、さらに江戸時代の寛永元年(1624年)に現在の山上に伽藍を整備し、「宝寿山観龍寺」と改称されました。境内には、神仏混合時代の名残として妙見宮という神社も祭られています。紅葉の美しいことでも知られる観龍寺です。倉敷市の鶴形山にある「観龍寺」。境内からは倉敷の街並みを見下ろすことができ、麓には美観地区が広がります。ふるさとのお寺を訪ねる「感謝のみちしるべ」、今回はおよそ一千年の歴史がある「観龍寺」のご住職、村田隆禅さんにお話しを伺います。倉敷市の鶴形山にある「観龍寺」。境内からは倉敷の街並みを見下ろすことができ、麓には美観地区が広がります。ふるさとのお寺を訪ねる「感謝のみちしるべ」、今回はおよそ一千年の歴史がある「観龍寺」のご住職、村田隆禅さんにお話しを伺います。りゅうぜんかんりゅうじ<空メール送信>wa@mgmgmg.jp「一より多」いちたこころがほっと、元気に過ごせるひとことメッセージを毎朝8時に、メールで配信!岡山のお寺のご住職、神社の宮司様の心あたたまる言葉であなたのこころに愛をそそいでみませんか?エヴァホール100周年限定企画メルマガ会員募集<QRコード登録>登録は簡単!無料お好きな方法どちらかでふるさとのお寺境内に一歩入れば、敬虔な心持ちになる名刹。子どもの頃から、家族で訪ねてきたお寺。ふるさとのお寺は、心のリフレッシュスポットです。けいけんめいさつ「観龍寺」感謝のみちしるべ感謝の道しるべ22

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