シニアNavi 岡山 vol.12 2013年冬号
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 多くの皆さまのお力添えをいただき、江戸時代に活躍した臨済宗屈指の名僧である盤珪国師の根本道場「天徳山龍門寺」において得度式を行い、「玄皓」という法名を頂きました。なお得度とは、僧侶になるための出家の儀式ですが、法名を持ちながらもそれまでと変わらず経済人として生き抜くことが、わたしに与えられた天命だと考えております。 そんな生き方を支えてくれたのが、「立処皆真」という教えです。この言葉は、臨済宗の開祖である中国唐の臨済義玄のもので、「随所に主となれば、立処みな真なり」。どのような環境、立場になろうとも、主体性を持ち真の自分を見失わなければ、正しい人生を歩めるという意味です。真の自分とは、身勝手にふるまうことではなく、仏心を見失わない自分です。 得度後の四年間、わたしの立場はめざましく変化致しました。倉敷商工会議所副会頭に始まり、関西学園理事長、そしてこの度は、倉敷商工会議所会頭のご指名をいただきました。こうした立場を頂くからには、さらに「立処皆真」の心構えを忘れてはならないということだと考えています。 役におごらず、自分自身をしっかりと持ち、周囲に流されることなく正しい道を歩み続けよと示唆されているのだと受けとめています。 多様化する価値観や情報が氾濫する世の中においても、「立処皆真」こそ真実を貫くよりどころでしょう。 わたしが学んだ臨済宗には、実に素晴らしい教えの数々があり、それを分かりやすく説く名僧がおります。福岡県博多に聖福寺という寺があり、江戸時代に仙厓和尚という絵の世界でも有名な禅僧がおりました。 ある日、村人が仙厓和尚に「世の中には、禅宗や真言宗、浄土真宗といろいろな宗派がありますが、いったいどの宗派が一番優れているのでしょうか」と尋ねました。すると、仙厓和尚は何と答えたのか。和尚は「らしゅう」と答えました。はて、そんな宗派は聞いたことがないと、首をかしげていますと、和尚は「親は親らしゅう、子どもは子どもらしゅう、男は男らしゅう、女は女らしゅうが一番ありがたい」と答えたそうです。 「わたしはわたしらしゅう」生きることが、それぞれの天命。どのような時代が来ようとも、どのような立場を担おうとも「立処皆真」です。時代や環境に流されることなく、仏の心で自分を律し、そういう自分を大切に生きることが肝要です。 これからも次の百年と言わず、千年の田を目指し、心の美田を耕し続けてまいりたいものです。そして、いのうえは、いのうえらしゅう、儀礼文化企業のゆるぎない姿勢を守り通してまいります。株式会社いのうえ 代表取締役社長 井上 峰一(いのうえ みねひと)氏倉敷市出身。1949年2月生まれ。花園大文学部卒業後、1971年井上葬儀社入社、1985年から現職。2007年仏壇仏具販売の鵬林会長。2009年姫路・龍門寺において、妙心寺派管長河野太通老大師により得度を行う。法名「玄皓」。現在、倉敷商工会議所会頭、学校法人関西学園理事長、国家公務員共済組合連合会特約葬祭事業連絡協議会会長、倉敷ロータリークラブ会員。「新たな年は、幸福な一年にしたい」。誰もがそう願っています。けれども、予測不能なことが次々と起こる世の中。そこで、心のよりどころとなる言葉を百周年を迎えた、いのうえグループ代表であり、平成25年秋、倉敷商工会議所会頭に就任した井上峰一氏に伺いました。Okayama Human Talk立処皆真らしゅうの教えげんこうぎけんはんらんしょうふくじせんがいりんざいばんけい31Okayama Human Talk

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