シニアNavi 岡山 vol.14 2014年夏号
28/52

 第二次世界大戦 欧州戦線のターニングポイントは「ノルマンディ上陸作戦」だったといわれています。後年、この日一日に焦点をあてて書かれた一冊の本が世界的なベストセラーとなりました。原作の題名は「The Longest Day」、邦題は「史上最大の作戦」です。後に英米仏独を代表する男優オールキャストで映画化され大ヒットしましたのでご存知の方も多いのではないでしょうか? 実はこの作戦に2隻の「鉄筋コンクリートの船」が参戦していたのです。Uボートの脅威の中、アメリカから大西洋を経てドーバー海峡を渡りノルマンディ沖まで自走し自沈させたのです。目的は上陸作戦を後方支援する船の係留用アンカーとするためでした。 日本軍もミッドウェー海戦を転機としてアメリカに一気に制空権、制海権を握られ、転がる石の如く敗戦に向かいます。日本海軍はこの時期、ようやく及び腰で鉄筋コンクリートの実用船(貨物船)を民間の建設会社に建造させます。 船殻 工事を担当したのは 土木会社で、社長の名前を冠し武智丸と命名したといわれています。この武智丸は同じ型枠を使用して合計4隻建造されましたが、その内の2隻(写真①②)が広島県安浦町の安浦漁港に防波堤として残っているのです。 ちなみに、艤装 工事は玉野造船所が行っています。第一~第四武智丸の4隻が建造され、最後の第四武智丸が竣工した時には既に終戦を迎えていました。設計は舞鶴の海軍工廠といわれており、最初は実験船として機関を乗せていない油槽船 を建造しています。 音戸町にある坪井漁港にもこの時に建造されたタンカー(写真③④)が港を護る防波堤として海に沈められています。船首部分と船腹の形状は、これが紛れもなく「タンカー」であったことを物語っています。 一級建築士「近代建築施工技術史研究会」会長。 明治・大正・昭和初期までに開発された建築施工技術とそのルーツを調査研究。特に「伝承されなかった幻の建築技術」の発掘をライフワークとし全国行脚中。瀬戸内の今に残る現代建築の主要材料の変わった使われ方はじめに日本海軍の計画行って発見 !見て感動 !建築士児玉 博文の児玉 博文文・写真ユージー技建株式会社建築部・部長前編「鉄筋コンクリートの船」広島県豊田郡安浦町三津口地先 安浦漁港2隻が連なって自沈 安浦漁港の防波堤として今も頑張っている ①建造物からひもとく歴史見聞録ぎそうたけちまるせんこくこうしょうゆそうせん※1)船殻(せんこく):艤装、機関などを除いた、船の骨格と外郭を形成する構造主体。※2)艤装(ぎそう):船としての機能を発揮するための装置や設備の総称。※3)油槽船(ゆそうせん):石油や重油を運ぶための船。タンカー。※1※2※3UGコラム28

元のページ 

10秒後に元のページに移動します

※このページを正しく表示するにはFlashPlayer10.2以上が必要です