シニアNavi 岡山 vol.15 2014年秋号
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 前号の「前編」では、日本海軍が関係した鉄筋コンクリート造の船をご紹介しましたが、(写真③④⑤)同時期に日本陸軍も鉄筋コンクリートを使った油槽船の開発をしていました。その設計に直接携わった人物の著書から一部引用いたします。 〜陸軍経理学校を卒業し陸軍航空本部(以下航本)技術部に配属された。幹部候補生出身の見習士官である。〜 筆者が航本技術部で指示された設計課題は、南方からの石油輸送を目的としたコンクリートパイプによる「油輸送曳航船」の開発であった。 〜当時、(昭和18年)鉄筋コンクリート製貨物船の建造計画は、すでに実施段階に入っていた。(中略)しかし、最終的にはこの提案が採用されたか否か、その結論を筆者は確認していない。(中略)後日聞くところによれば、その頃、溝ノ口(川崎市)にあったNヒューム管会社において、さらに小型化されたサンプルで実物実験が行われ、所期の効果が確認されたという話である。(中略)最終的に、この計画原案は小型化されて、海軍によって試験的に海上曳航 が実施されたことがあると聞くが、この話も真偽の程は現在確認されていない。〜一級建築士「近代建築施工技術史研究会」会長。明治・大正・昭和初期までに開発された建築施工技術とそのルーツを調査研究。特に「伝承されなかった幻の建築技術」の発掘をライフワークとし全国行脚中。瀬戸内の今に残る現代建築の主要材料の変わった使われ方日本陸軍が計画した油槽船行って発見 !見て感動 !建築士児玉 博文の児玉 博文文・写真ユージー技建株式会社建築部・部長後編「鉄筋コンクリートの船」建造物からひもとく歴史見聞録※3)「三井の建築六十年の軌跡」相模書房刊 石田繁之介著より※1)油槽船(ゆそうせん)石油や重油を運ぶための船、タンカー。※2)曳航(えいこう)船が他の荷物を引いて航行すること。※3ゆそうせんゆゆそうえいこうせんえいこう※1※2石田繁之介は、日本初の超高層ビル「霞ヶ関ビル」建設を機に鹿島建設㈱より三井不動産㈱へ移る。技術担当常務取締役を経て1994年同社顧問を退任。[児玉記]ことほど左様に、当時の日本軍が支離滅裂な動きに終始していたことが、この一事を見ても判る。当時の日本軍は、縦割り社会の弊害をそのまま維持した状態で第二次世界大戦に突入し、その弊害ゆえに潰え去ったともいえる…。UGコラム44牛窓町内のヨットハーバーに陸揚げされている鉄筋コンクリート製のヨット①

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