シニアNavi 岡山 vol.23 2016年冬号
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生の目的を見失わない、その生き方は、母から諭された仏の教えが常に心にあったからに違いありません。 土光氏の生き方を学ぶにつれ、心の教育の大切さを感じます。我々は「自然に感謝、命に感謝」という教えに立ち返る時期に来ているのではないでしょうか。そして、その道筋はいくらでもあるはず。 平成28年5月に、私の恩師であり、臨済宗妙心寺派の管長や全日本仏教会の会長を務められた河野太通老大師が、黒住宗晴教主の招きにより、黒住教の行事である「日拝」を体験されました。日の出を拝んだ老大師は「太陽は素晴らしい。人生の大きな土産になります」と感嘆の言葉をしきりに述べておられ、真実は宗派を超えると実感しました。ところが、今の日本においては、宗教が疎まれ、儀礼文化も消えゆく一方という現実があります。 さて、土光敏夫氏の心を育てたもう一人の人物がいます。関西学園第十代校長である山内佐太郎氏です。山内校長は、「至誠」「勤勉」「徳操(現在の徳育)」「智能」の四つを重んじて、かなりのスパルタ教育を行いました。青春時代に出会う指導者というのは、その人生に強烈な印象を残すもの。土光少年にとっては、それが山内校長でした。後に「私は中学時代、偉大な人格に出会った」と回顧しています。 当時は、卒業時に宣誓書を残していましたが、土光氏は山内校長宛に「生涯校訓を守る」としたためました。その校訓とは「敢為の精神」。困難に出くわしてもへこたれないで、頑張り抜いて目的を達成するチャレンジ精神のことです。土光氏はこの宣誓通り、「敢為の精神」を忘れず、会社の危機に幾度も手腕を発揮し、最後には日本経済の難局をも乗り越えました。人生は思うに任せぬことばかり、失敗は当たり前。それでも果敢に突き進む勇気こそ、人生に必要なもの。この精神があれば、岡山の地からさらに多くのメダリストが育つことも夢ではないでしょう。 この精神を禅宗では、「驀直」といいます。「一度決めたら、まっしぐら」という意味です。目的に向かって進みさえすれば、道がいくつあろうとも、いつかは到達できます。しかし、立ち止まり籠もってしまっては、いつになっても目的を達成することはできません。 そして、この大事な目的を定めるより所の一つが宗教ではないでしょうか。神であれ、仏であれ、サムシング・グレートであれ、心を導くものが必要です。それによって正しい目標を見据え、新たな年も「驀直」に進むべし。我々シニア世代は、その心のより所を、儀礼文化を通じて次の世代に伝えていく使命があると思えてならないのです。株式会社いのうえ 代表取締役社長 井上 峰一(いのうえ みねひと)氏倉敷市出身。1949年2月生まれ。花園大学文学部卒業後、1971年井上葬儀社入社、1985年から現職。2007年仏壇仏具販売の鵬林会長。2009年姫路・龍門寺において、臨済宗妙心寺派前管長河野太通老大師により得度を行う。法名「玄皓」。現在、倉敷商工会議所会頭、学校法人関西学園理事長、国家公務員共済組合連合会特約葬祭事業連絡協議会会長、倉敷ロータリークラブ会員。「新たな年は、幸福な一年にしたい」。と誰もがそう願っています。けれども、心がつまずくことが多い世の中。そこで今回は、「禅」の教えに注目をして、生きるためのよりどころとなる言葉を探ります。お話は、「玄皓」という法名をお持ちの井上峰一氏。Okayama Human Talk真に至る幾筋もの道一度決めたら前進のみげんこうかんいまくじき23Okayama Human Talk

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