シニアNavi 岡山 vol.26 2017年夏号
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陽気をいただきて下腹におさめ天地とともに気を養う」というを毎朝行っていて一般の方も自由に参加することができます。井上社長◆河野太通老大師は大恩ある私の恩師であり、18歳から早いもので半世紀のお付き合いになります。京都の花園大学で禅の世界に導いていただき、それこそが私の人生の礎となりました。昭和46年に岡山に帰って家業を継ぎ、その後、川崎医科大学などを展開されている川崎学園の川﨑祐宣理事長のお引き合わせで、黒住教主とのご縁もいただいたのです。まさに神仏混合。太通老師や黒住教主の一言一言に気づかされるといでの黒住教主の所作や立ち居振る舞いに、深く感動されたようです。黒住教主◆黒住教は、教祖がお日の出を一心に祈り、尊い神秘体験を得て生まれた教えです。 203年前の文化11年の正月、宗忠は労咳、今でいう肺結核を患い明日をもしれぬ命でした。そもそも2年前に両親を流行病で亡くし、親孝行であった宗忠は、両親への思慕で胸を患い、いよいよ正月19日、死を待とうと決意し、お日様を拝みうお付き合いをいただいてきました。 その中で一昨年、お二方と私で親交を温めさせていただいていた際、老大師が、ふと「私も日拝に伺ってみたいですな」とおっしゃいました。その言葉を教主が覚えておられて、暖かくなった最高の季節を選んで、実現の運びとなり、今年で2回目となります。 「日拝」を終えられた老大師は、ひとこと「黒住さんは禅だよ」とおっしゃった。お日の出はもちろんですが、日拝ましたところ、その中に両親の姿を見出だしたのです。「自分は親孝行だと思っていたが、何という親不孝をしたのだろうか。例え、後わずかの命であろうと、心を入れ替えて生きよう」と気づきます。そう思って見れば、献身的に看病をしてくれる妻、元気に育つ我が子のありがたい姿がありました。 それからは、朝日を拝み、うれしいこと、ありがたいことを見つける日々を送ります。すると、どうでしょうか、まるで薄紙を剥ぐように、病状は回復に向かいました。そして、文化11年11月11日、旧暦のその日は冬至の日であり、教祖宗忠の34回目の誕生日でした。この日までの命はないと思っていた宗忠は、感動の内に日の出を迎え、「我神と一体なり」という境地に至り、日の出に現れた全ての命の源の分け御霊は、我が身の下腹に鎮まっていると気づいたのです。巻頭特集 よりよく生きる6

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