シニアNavi 岡山 vol.26 2017年夏号
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5月19日に訪れた龍門寺は、お天気も良く菖蒲や蓮華が一番のみどころでした。境内は大変広く盤珪国師を祀る開山堂を含め、市指定文化財の17棟の諸堂、県指定文があり国内外の禅修行者を受け入れるなど、坐禅、禅仏教の基礎的学習や、また人生相談、カウンセリングなどもおこなっています。毎月開催している老師様のご法話は河野老大師◆この世に自分が生まれてきて、最初に何を覚えているかを考えたことはありますでしょうか。私が聞いたところによると、「ふと立ち上がったときの目線が変わった爽快感を覚えている」という者がおりました。弟子には「お母さんのおっぱいを吸っていた」とか、「はいはいをしていた」という者もおりました。ところが小説家の三島由紀夫氏は産道を通っている記憶があるというのを聞いて、驚愕しました。しかし、このようなことはまれで、たいていの方は1歳までの記憶はありません。その記憶の無い時を想像してみてください。母親は、体が離れていても心は常に傍らにあり、お乳をやらなければ、おしめを替えなければと、頼まずとも懸命にお世話をしてくれたはずです。そうでなければ、無事に育つことはできません。人間というのは実に忘恩の徒ですな。最も手間を掛けてもらい、大変なお世話をしてもらったときの記憶は、すっかり忘れてしまっています。さらに、父母を初め多くの人々のおかげに加え、自然の恵みをいただかなければ、今の私はありません。一人前に育つまでにいかに多くの恩義を受けてきたか。そう考えると、生かされてきたなと気づかされます。そうしたことを一人一人がふり返ることが大切ですが、あえてそれを行うのが「内観」といいます。 人へのご恩、自然の恵みへのご恩、我々は空気と、そして太陽がなければ生まれてくることも、生きていくこともできません。「日拝」というのは、それに日々気づかされ、感謝する儀式でもありますね。常日頃は、そういうことは忘れ去ってしまいますが、時には、天地の恵み、神仏の恵みに感謝しなければならん。そうでなければ、人間ではないということです。9巻頭特集 よりよく生きる

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